DDRダイエット改!(直球ストレート(笑))

DDRとステッパーとブルワーカーでダイエット中(笑)。でも中身はだらだら日記メイン。
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復興の実感はやっぱ目に見えないと感じられないものだろう
 本日で震災から6年。震災直後にあっという間に過ぎていくんだろうなーと書いたけど、まさにその通りであっという間の6年だったね。

 今日は職場では皆で作業を中断して外に出て、黙祷を行った。前の職場だとサービス業だから黙祷とか出来なかったのだ(一応手が空いていればやるとか言われてたけど、そんな暇は無かった^^;)。
 で、他の働いてる人達は皆地元なので、あの当時あれこれだったと会話してるのを耳にするのが、感慨深かった。またやはり、ここで流れるサイレンはあの時深夜まで鳴り響いていたのと同じなので、トラウマだなーと実感。

 で、まあ・・・6年も経つと、さすがにあんまり書くことがない(^^;)。地元だと復興住宅もかなり建ってきて、うちの近所の大規模移転地区も完成し、いきなり団地が出現した(皆一斉に建てたので、まさに雨後の竹の子状態)。市内も毎日通勤で走っていると、少しづつ変わって行ってるのがわかり、復興が進んでいる事を実感できている部分は結構ある。

 もちろん報道で言われてるように、まだまだ大変なんだけどね(^^;)。一段落付いたと実感できるのはいつの日やら。とりあえず早く仮設が完全に解消されますよーに。

 というわけで、あとは比較画像をどうぞ(^^;)。












 川はこのように、高い堤防で囲まれるようになった。
震災の記憶の風化を防ぐ方法は…トラウマを利用するべき?
 昨日は適当な記事でお茶を濁したけど、今日は真面目に震災について書く(^^;)。

 いや〜昨夜NHKで放送された特番「私を襲った津波〜その時 何が起きたのか〜」は凄かった。津波がどういう動きを行ったかシミュレーションしたものだったんだけど、それと同時に巻き込まれた人がどう流されていったかを、実際の町の建物モデルを元に映像で再現した物が流された。釜石で女性を助けようとした自衛官の方が、流されていってどこではぐれたかや、体育館に入ってきた水が渦を巻いて人々を飲み込み、ステージ上に避難していた姉妹があがいてステージ暗幕にすがってなんとか助かったり等々。

 スパコンの性能をフルに使って、実写と見まごうかのようにリアルに作られている部分も有り、人のCGモデルなんてリアルすぎたのか、すぐにシルエットに差し替わってしまうほどリアルに作られていた(これ、絶対に全部シルエット無しで作ってるよね^^;)。流されて突っ込んでくるラパンなんて、最初本物かと思ったし(^^;)。

 確実にトラウマレベルであり・・・これこそが私が作って欲しかった映像だ。

 震災の記憶の風化が懸念されており、実際私もかなり風化気味(^^;)。復興工事が進み、被災前の風景を感じさせるような場所(被災前の状態を知っていて、そのギャップを感じさせるような場所)が少なくなったというのが大きいかな。あと雑草に被われて只の荒れ野にしか見えないところも多いし。

 しかしやはり記憶を思い起こさせてくれるのはやはり映像資料が一番だ。その点今回の映像は、既存の映像を元に作られおり、CGだからアングル替え放題で津波の恐怖をまざまざと伝えてくれる映像に仕上がっている。

 そして、殆どの人は当時ニュースで感じた津波災害への強い恐怖を、これを見れば思い出してくれるんじゃないかな?。つまり、トラウマを刺激してくれるだろう(^^;)。そうやって忘れないで居てくれれば、次に日本のどこかで同じ事が起きた時に思い出してくれる・・・といいんだけどなあ(^^;)。

 まあとにかく、震災前に完全にネタでこのブログに書いていた「トラウマになるようなレベルの映像で、防災意識を植え付けよう」というのに、まさにぴったり(笑)。

 つーかこれ、予想される南海トラフ地震の防災用に、新規でどんどん映像を作ってくれないかな?。今回みたいに人が呑まれるところとかまで凝らなくていいから、実際の建物を元に並がどれ位まで来るか、どれ位のスピードで押し寄せてくるか等をCG化して、その地域に配るのよ。そうすればいざという時に今居る場所がヤバイかどうか判断して、避難してくれるんじゃないかな?。

 もちろん建物は出来るだけ実際の建物かつ皆が知ってる所で。まあお店とかだと地価とかに影響とか出てしまうと反対されるかも知れないから、役場とかで?(^^;)。

 最後に余談。津波映像の新規DVDとかは出なくなって久しいが(最後に買ったやつは、手抜き過ぎだったなあ^^;)、大体はネットで見られるようになっている。オススメはFNNのとNHKのかな(フジの震災時の報道部のヘルメットでお祭り騒ぎは、今でも許さないけど^^;)。
 特にNHKのは震災5年特集ということで、地震発生時から72時間のニュース映像を時系列に並べるというのをやっている。私がカーナビのテレビで目撃した、タンカーが防波堤に衝突したりフェリーが湾内に突っ込んでくる部分もしっかり見ることが出来た。これ、このまんまTV番組にして流した方がいいんじゃね?(^^;)。

 あと番組の動画は、ググるとなんかネット上にアップされていたけど・・・明らかに違法アップロードなのでリンクは貼りません(^^;)。ちなみに再放送は2016年3月15日(火)午前0時10分から。



5年で被災地復興したらそりゃびっくりだよ!(^^;)。
 震災5年目だ。今日家に帰る途中ふと中心部の方を見たら、夜空に3本の光の柱が立っていた。『3月11日からのヒカリ』という、鎮魂を込めた光の慰霊碑を気仙沼湾内に3本立ち上げるというイベントだ。


(星空を取れるモードで撮ったけど、それでも暗い^^;)

 まあイベントと言ってもどこかに人が集まって・・・というタイプではなく、この光を各々が思いをはせるというイベント。家に着いてからも裏山越しに見え・・・思い出すなあ。当時やっと家にたどり着いたら、まさにこの方向の空が、真っ赤になっていたことを。

 さて5年目となり、特番では復興状況が送れているとかいう意見が多いと報道されて居たけど、個人的にはまあこんなもんじゃね?、と思う。
 だって本格的に工事が始まったと実感できたのって、2年前くらいからだよ?。むしろかなり頑張ってると言っていいと思うんだけど(^^;)。片浜の八幡神社から見える光景も、堤防工事が結構進んできているのが判る(終わりはいつになるのか知らないが^^;)。この間友人と車の練習をした商港岸壁エリアだって、嵩上げがかなり進み、工場も次々に建っているのが実感できたし。

 そもそも、今まであった町だって戦後何十年をかけてコツコツと出来上がって形になっていったものなんだから、再び作り上げるには当然時間もかかるだろう。

 ちなみに、ギリギリまで来たとはいえ津波が到達せず、親類にも犠牲者とか出なかったうちだけど・・・道路供用で土地をばっさり削られるという形で、震災に関わる事になった(^^;)。傍から見たら土地が売れてウハウハと思うかも知れないけど、家に近い所に幹線道路が通っても全く嬉しくねえ(笑)。騒音も増えるし、トラが事故に遭わないかどうかが心配になるし・・・。

 さてあとは、八幡神社から見える写真でお茶を濁す(^^;)。あと明日も震災ネタで行くかな?。
 





保存方法しっかり考えないと、向洋高校の壁にスプレーで落書きの被害が必ず出るぞ…
 今日で震災から4年。まあ復興がそれなりに進み、魚市場周辺にも再建された工場や倉庫が建ち始め、市内あちこちの復興住宅が出来上がってきたり土台造成工事中だったりといった感じで・・・ぶっちゃけ特に新しく書くことが無い(^^;)。
 もう完全に『震災後』に慣れちゃったんだなーというのを実感する。復興もが本格的に始まって、めまぐるしく変わっているからというのもあるかな。もちろん、あの時の思いは風化してないけどね。たまにDVDや記録集見たりするし。



 被災地でこんな有様だから、全国規模ではどんだけ記憶が薄れていることか(^^;)。だからこそ『震災遺構』の保存が叫ばれてるわけだ。まあこんなモニュメント一つで伝わる訳がないけど、無いよりは有った方がずっといいわけで。やはり特に犠牲者が出た施設は、グッとくるものがかなりあるし。

 まあ私としては最も適しているのは、前にも書いたとおり遺構と映像の組み合わせだと思うけどね。今回の震災では多数の映像が残ったわけだけど、その映像と同じ地点に、同じ映像を見ることが出来る施設を作る。そうすればいかに凄まじい津波が来たのか、追体験して貰えるのは簡単だ。まあ大抵の鮮明な映像はTV局絡みで、版権とかあったりしてしまうんだけどねー(^^;)。

 ちなみに地元気仙沼の震災遺構候補というと、2年前に打ち上げられた漁船を遺構にするかどうかで揉めたことがある(→http://ddrdiet.jugem.jp/?eid=2402)。まあ結局それは市長側が住民投票までおこなって保存しようとしたけど、その住民側が反対意見多数となってとどめを刺し、この船は解体撤去された。
 で、その替わりとして候補に挙がっているのが『向洋高校』の校舎。ここは震災後暫く震災廃棄物処理プラントが置かれていた関係で、手つかずのまま残っているのだ。









 というわけで、撮ってきた写真です。元々とても低い土地だったので、満潮時には土台の縁ギリギリまで水が来るのが特徴の場所(^^;)。
 見ての通り、突っ込んだ車などがそのまんま残され、丈夫なはずの校舎の壁が取れかかっていたり等、津波の脅威を伝えるなら充分な遺構だ。生徒の避難誘導がしっかりしていたおかげで、犠牲者が出なかったというのも大きなポイントだし。
 でもこれ、どう保存しよう・・・下手にフリーに出入りできるようにすると、確実に数年後にスプレーで落書きする馬鹿が出てくるぞ(^^;)。壁で取り囲んで、夜間は勝手に入れないようにするとかしないとダメじゃないかなあ・・・。


この調子(高さ)で防潮堤作ったら、そりゃ大問題になるわ…
 火曜だけど、やはり今日は震災ネタをやるべきだろう。というわけで、ビルドファイターズネタは明後日に回します。


去年の画像

今年の画像

 震災から3年が過ぎた・・・被災地の現状等については、昨日今日TVで流れた映像の通りだ。
 ある程度前進しているところ、全く前進していないところ等様々。理由は去年書いたのと全く同じで、人手不足に業者不足に資材不足に・・・計画自体の話し合いが全く進んでいない為に進んでいない所も多数。復興住宅に遅れについては、こりゃもう山を削って土地を作り出すという行為が、いかにマンパワーが要るかというのをまざまざと見せつけてくれるだけに仕方が無い。アニメとかでいきなり巨大工事を突貫で行うという描写があったりするけど、アレは確実に無理だとわかるわ(^^;)。ホントにコツコツと積み上げていくしか無い。
 まあこの辺は去年も一昨年も同じような事書いたから、今更書くべき点も無いんだけどね(^^;)。

 さて、地元の復興も同様だけど・・・魚市場の方のかさ上げ地区に行ってちょっと衝撃を受けた。





 かさ上げされた土地が想像以上の高さになっており、もはや震災前とは別の場所としか認識できなかった。去年は荒れ野が広がっていても、道路の線形や建物の土台等により震災前の光景を思い出すことが出来たけど・・・見通せないだけでもかなり違うもんだね。

 そしてこういう違和感は、復興や防波堤工事が進んでいくと、どんどん感ることになるんだろうなあ。やはり『ふるさとの光景』は完全に元に戻ることは無いんだろうなーと、ちょっと寂しくなる。もちろん前の通りに戻したら、また中規模程度以上の津波の被害を受けることになるわけだけど(^^;)。

 とりあえず、防潮堤も同じようかもしくはこれ以上の高さで作られる予定であり、実際に完成したとき・・・またゴタゴタと、喧喧諤諤な騒動が起きそうな予感が既に(^^;)。この高さについては一応盛んに議論されているけど、やはり現物を見てみないと高さを実感できない人が殆どだろう。出来上がったはいいけど、なんだコレは!?こうなった責任者は誰だ!?・・・とかなりそう。完成した頃には更に記憶が薄れてるであろう事を考えるとね。

 しかしまあ、限定的とはいえしっかりと復興が進んでいる光景を見れば、明るい気持ちになるもんだ。前を向いて頑張ろう・・・と、いつもにも増して中身が無く終わる(^^;)。
 

今の東京で巨大地震が来たら・・・備えない人は死ぬと思う・・・
 今日で震災から2年。さすがにこの週末は被災地からの映像が多数流され、見ての通り復興は遅遅として進んでいないのが解って貰えたと思う。瓦礫が片付いた『だけ』の荒れ野が広がってるだけ・・・という所が殆どだ。









 何故被災地の復興が遅いのか?という理由については、昨日の池上彰氏の番組で分かり易く解説してくれたね。要は『人手不足』と『業者不足』のせいなんだよね。
 人手については、当然地元の産業の復興の方でも人手が要り、その奪い合い的な感じになっている。他の所から出稼ぎで確保しようとしても・・・今度は宿泊するところが無いという問題が(そもそも、呼んだ場合その分人件費が上がってしまうし)。
 そして業者についても・・・所詮この『復興特需』は数年間のこと。そこで手を広げても、後が続かないので出来ないというわけだ。他にも計画がまだ本決まりじゃないとか資材不足とか色々あって、全然進んでないわけ。まあこの辺は去年も書いた通り、何十年もかけて築き上げてきた町がそうそう早く元に戻るわけも無いわけで・・・出来るところからコツコツ築き上げていくしかないだろう。それに、ホントに少しずつだけど進んでいるのは判るし。生産を再開した工場、ところどころ(あちこちというレベルじゃないけど)に建ち始めている、家を流された方の新居等々。

 さて2年目で私が思うこと・・・というか、震災後からずーっと思い、これからもずっとそう思うんだけど・・・『もっと何か出来なかったのかなあ・・・』とは思うね。
 一応赤ちゃんと母親だけだった家の支援とかをしたとはいえ、特に一日目や二日目・・・もしかしたら誰かを助けられたんじゃないかなーとかなんとか・・・まあどうやっても間に合わなかったのは判ってるんだけどね・・・。

 あとやっぱ、このブログの『趣味の防災』ネタシリーズをもっと役立てたかったなーとか思ってしまう(笑)。いや、半分趣味でブログのネタとして書いていたけど、半分は誰かこれを読んで少しでも備えてくれればなーとか本気で思って書いていたよ。津波映像をCGで作って啓発なんてネタは、予算が余った役人がヒントにしてくれて実際に作ってくれたらなーとかなんて、微粒子レベルで期待していたし(笑)。

 とまあ妄想はさておき、去年と同じ事書くけど・・・この震災自体を忘れ去っても(まあ忘れ去る事なんて出来ないだろうけど)、自分の備えだけは決して忘れないで欲しいと思うわ。特に東京や大阪等大都市に住んでる人達。



 スカイツリーに登って東京の町を見下ろしたとき・・・最初の感想はやはり『すげー!』だったけど、その次に思ったのは『どーすんだよこれ・・・』という焦燥感だった(ネタでは無くてマジで^^;)。

 こんな冗談としか思えないほど過密した大都市、巨大地震が来たら完全にアウトじゃねーか。ライフラインはもちろん、火災からの避難や食糧供給など、パンクする要素『しか』見あたらない。特に食料なんて絶対に大変なことになるぞこれ。あちこちで起きる火災、食料を巡っての争いがイメージ出来てしまったよ・・・。
 でも逆に言うと、もし全世帯がちゃんと備えをしていれば、ほぼ安泰ということにならないだろうか?。もちろん希望的すぎるけど、せめてこの文章を読んだ人は最低限の備えくらいはして欲しいと思う・・・。

 余談だけど、『池上彰と考える巨大地震』で、地震学者がいつも持っている防災グッズというのが紹介されていたんだけど・・・食料の類いが一切無くて、入っていない理由が『公的支援が来るからそっちに頼る』だったのは酷かったなあ(^^;)。こんな一千万都市、いくら自衛隊でも支援しきれるわけがねーだろーが(^^;)。

 というわけで、重ねて書くけど備えはしておきましょ−(^^;)。


災害大国日本といっても、同じ事を繰り返すのは世の常・・・
 東日本大震災から一年・・・最初の一ヶ月は色々大変であっという間だったけど、その先は遅遅として進まなかったという印象かなあ。今日は被災地の現状等をレポートした特番ばかりだったから見て貰ったとおり、色々な障害によりなーんにも進んでないからね。瓦礫は片付いたけど土台はまだそのまんま。復興商店街とかも出来たけど、色々理由で見た目ほど順風満帆では無いし(最も単純に、人が周囲に・・・・)、そもそも仮設を出る目処すら立っていない人も多い(知り合いにも居る)。被災して肉親を亡くした人はたった1年で立ち直れるわけが無い。

 でもTVがこうして大々的に取り上げるのは、これが最後だと思う。そしてみんな忘れ去って、2年後3年後のこの日に少しだけやる特番で、全然復興していない様子に驚く・・・という風になると思う。まあ少なく見積もって戦後何十年もかけて作ってきた町が、そう簡単に復旧するわけがなく・・・5年や10年はかかると思ってる(政権が無能だったらもっとか)。
 まあ忘れやすいのはこの国の国民の特徴だからしょうがないと思ってる。そもそも、TVで取り上げなければ現状の情報なんて入ってこないからね。

 それよりも絶対に忘れて欲しくないのは、【これは決して他人事では無い】という点だ。

 よく騒がれてる首都圏直下地震はもちろん、西日本の方だって過去に同様の巨大津波が襲っているデータが出ている。噴火したら火山灰で首都圏が麻痺すると言われている富士山の噴火だって、前起きたのは300年前。水戸黄門の時代より後で、松尾芭蕉が東北巡ったり忠臣蔵が起きた頃のちょっと後だ。災害大国日本とはよく言ったもので、全世界の地震の10%が日本で起きてるというだけでもそれがよく分かるはず。

 そしてもし再び【その時】が来たとき・・・こっちの地方の人達が【何でまた同じ事繰り返すんだよ!?。オレ達のことから何も学習しなかったのかよ!?】と、愕然とする事がないように切に願いたい(まあこっちの方も、また30年経ったら宮城県沖地震発生の確率が再び跳ね上がるんだけどね…)。でないと、犠牲者の方々が全くうかばれない・・・。

 ・・・・でも起きてしまうんだろうなーと既に確信&諦めてるけどね(^^;)。まあとにかく、いざとなったら自分の備え&判断しか頼れる物は無いという事だけ忘れないで居て欲しい・・・。


 最後に震災直後と1年後の今日の画像比較↓












第41普通科連隊の皆さんと第31海兵遠征部隊の皆さんありがとうございました!
 今朝ほど出勤の為に、町道から国道に出たら・・・なんか沿道に沢山の人が。まるで、マラソンランナーが通過するのを待っているかのよう。何だろ?と思っていたら・・・『自衛隊の皆さんありがとうございました』というプラカードを持っている人が!。

 おお!(・・;)。復興支援に遠くは九州から(気仙沼で主に活動していたのは、大分は別府駐屯地の第41普通科連隊の皆さん)来て頂いていた自衛隊の皆さんが、任務を終えられて戻るところなのか!(^^)。そーいや少し前のニュースで派遣されている部隊数の見直しが行われるとかやってたっけ。遠方の部隊から順に戻れるようになったんだね。
 約2ヶ月間、本当に長かったろうなあ・・・本当にありがとうございました!(><)。行方不明者の捜索のために雪の降る中活動してくださっている姿には、本当に感謝で涙が出ました!(><)。





 つーか、今日だったのかー!(^^;)。出勤途中だけど少しでも見送りたい!。適当なところに車を停めて、通り過ぎていく車列に手を振ったのだった。
 うう、今朝だと知っていれば、もっと早くに出て手を振ったのにー(まあ、じっくり見送っていたら涙をボロボロ流していたかもしれないが^^;)。そもそも、沿道の人たちはどうやって今日が帰る日だって知ったんだろう・・・?。子供連れとか結構な人数が見送りに出ていたんだよね。ボードとか旗とか用意していた人も結構居たけど、地元紙にもコミュニティ紙にも書いてなかったしなあ。(追記・どうやらツイッターで広まったようだ。震災中は只のデマ発生ツールだったけど、これは正しい使い方だな)
 
 まあとにかく、お疲れ様でした!。まだ帰宅途上だけど(30時間もかかって、明日のお昼頃到着だそうだ。つまり来るときも、ろくな暖房のないトラックの荷台で30時間かけて来てくれたのだ(;;))、家でゆ〜〜っくりと休んでください!(><)。
 ・・・つーか、震災日記の時に書いた(→http://ddrdiet.jugem.jp/?eid=1684)、差し入れをまだやってねー!(^^;)。まあまだ炊き出しやガレキ撤去を担当されている隊は引き続き残るみたいだから、そちらに差し入れを出来れば・・・もちろん41普通科の皆さんにも何か贈れればなあ。でもいまだに、何を差し入れたらいいのかよくわからん(^^;)。酒はまずいよなあ?(笑)。気仙沼が復興し、水産加工品等が再び販売されるようになったら、それを贈る・・・とかかなあ?。

 そもそも、まだ大多数の部隊の方々はまだ任務中だ。早くみんな任務を終えて、家に帰って当たり前の日常に戻れる日が早く来るのを祈ってます。それと、次の別の部隊の方が帰るときは、今度こそ最初から最後まで見送れるようにしないとなあ(^^;)。(追記・伊豆沼の長沼公園にキャンプを張り、歌津や志津川方面で主に活動されていた長崎の第4大隊の方々も19日に帰還されたそうだ・・・また見送りを逃したことになる^^;)

 あと感謝といえば、気仙沼ならアメリカ軍の第31海兵遠征部隊の皆さんにも感謝しなければならない。

 4月上旬の話だけど、いわゆる『オペレーション・トモダチ』作戦の一環として、大島にも来てくれたんだよね・・・戦場なら最前線で戦う海兵隊の皆さんが!(^^;)。当然皆体力自慢で(海兵隊は体力が落ちると強制除隊)、その力を生かして大活躍してくれたそうだ。大島の親戚も大変感謝していた。
 また、やってきたときに『上陸用舟艇(LCU・プライベートライアンのノルマンディー上陸の時、兵隊達が乗っていたあの船。映画に出てきたのは小型だったけど、大型だと車両とかも運べる)』で、重機を持ってきてガレキ撤去をし、フェリー乗り場を復活させてくれたのも、的確な判断でとてもありがたかった。
 あの時点では当然カーフェリーは無いし(浦の浜に打ち上げられてた)、そもそも港もガレキが積み上がった状態だから、船が有ったとしても船が付けられないし、でもまず片づけに必要な重機は無いし・・・という手詰まり状態だったのだ。ここで重機を持ってきてくれた海兵隊に感謝したい。その他にも浄水器とか(大島は川が無いので、断水中はプールの水を濾過して飲んでいたのだ)、発電機とか、電気工事関係車両とか、色々LCUで運んで支援して頂いたのだ。
 ちなみにそのの親戚経由で、支援で頂いたミネラルウォーターが一個手元にあったり。あっちのってかなり小さいのもあるんだね。150ミリくらいのペットボトル入りだった。これは富士登山の非常用飲にぴったりかも(^^;)。


   
  
東日本大震災 自衛隊もう1つの最前線 (毎日ムック)
3.11 東日本大震災の真実 〜未曾有の災害に立ち向かった自衛官「戦い」の現場〜 [DVD]
写真で見る トモダチ作戦
ありがとう自衛隊(勇士たち) 保存版―陸上自衛隊岩手駐屯地・東日本大震災「災害派遣」記録集 (大型本)
自衛隊救援活動日誌  東北地方太平洋地震の現場から
闘う日本 東日本大震災1カ月の全記録
東日本大震災 自衛隊・アメリカ軍全記録 (ホビージャパンMOOK 406)
 その後私が一通り買ってみた本やDVD類。どれも自衛官の皆さんの任務が、いかに過酷だったかがよくわかるお勧めのの本ばかり。トモダチ作戦関連の書籍も発行されている(件の大島での活躍の写真もあり)。読んでみると(見てみると)、改めて感謝の気持ちが沸いてくる。
 例えば、被災者に温かい食事を炊き出していたわけだけど・・・隊員の皆さんは冷え切った缶詰ばかりだったそうだ(しかも、時間が惜しいからと車内ですし詰め状態で手早くかきこんでいたそうだ)。風呂も被災者優先で、自分たちは入れなかったそうだ・・・。
 また、『自衛隊救援活動日誌』も、自衛隊の活動の過酷さ&大変さがよくわかる本。他の本では隊員の方の手記やインタビューが掲載されていても、やはり弱音の部分はあまり出てこないけど(出せないけど)、この日誌では日誌という形式でも隠せないものが伝わって来る。

停電用のライトは備えておくと安心具合が桁違い
 まさか、一度区切ったこの震災日記を再び書くことになろうとは・・・(^^;)。が、無事に電気もネットも24時間以内に復旧した(^^)。東北電力&NTTに大感謝というところで。月曜日辺りまで復旧しないことを覚悟していたもんなあ(^^;)。

 というわけで、昨夜の余震は丁度私が布団に潜り込んだときだった。予兆も何も無しに、いきなりの強い揺れ。即こりゃヤバイレベルと判断。
 まずはライトの確保だ!。揺れが続いているけど怖いとかそういう事を言ってる場合じゃない(つーか、余震が続いてるからこの位でも慣れちゃった^^;)。実際、停電の前兆である『またたき』が一瞬発生している(これが起きると、ほぼ間違いなくその後停電になる)。猶予はせいぜいあと10秒程度だ!。

 でも・・・停電してしまう前に手に持つことが出来たのは、携帯電話だけだった(^^;)。震災で使ったライトの数々を、まだ片づけてなかったからねえ(^^;)。

 しかーし心配ご無用!(^^)。防災準備が半ば趣味の私が、こういう事態の備えを怠っているわけがない!(笑)。揺れが収まってから携帯電話のほのかな明かりを頼りに下の洗面所に降りると・・・『停電センサーライト』がしっかりと点灯していた(^^)。これはコンセントに刺しっぱなしにしておくライトで、普段は消えてるけど停電の際には内蔵の充電池に切り替わって点灯するライトなのだ。ただそんなに保つわけでもないので(最近のだとLEDタイプで長時間使えるのも有るけど、私のは古い電球タイプが使用されている品の為短い)、この間の震災の時には私が帰ってきたときには既に放電しきっていたけどね(^^;)。

 というわけで、このライトを手に持ち、無事にLEDライト一式を発見。親にも渡してとりあえず一安心。近所の親戚の家を巡って大丈夫なことを確認し、ラジオをつけると・・・宮城県沿岸に津波警報で1メートルの津波の予想か・・・。

 よし、寝る(笑)。いや、途中の家屋が流されて平らになってしまったとはいえ、うちを守ってくれた45号バイパスの土手は健在だし、そもそも1メートル程度じゃ絶対にここまで来ないもん(^^;)。いやー慣れてしまうもんだなあ・・・もちろんこれは悪い意味での慣れになってしまうけど(^^;)、ちゃんと干潮時刻くらい頭に入っていたからね。昨夜はその時間は丁度干潮の時間帯だっだ。

 でもやはり津波警報についての防災無線や、消防車のサイレン等がうるさくてすぐには寝られなかったけど・・(^^;)。階上の沿岸部辺りを走っているらしい消防車が、避難を呼びかける声が遠くから聞こえてきたり・・・今の時点でそんな海沿いギリギリの所で寝ている人が居るわけがないんじゃないかなーとか思ったりもしたけど(1メートルの津波でヤバイ地帯は・・・当然とっくに何もなくなっていて、寝泊まりすることなんか不可能だ^^;)、これも悪い意味での『慣れ』の見本だよなあ(^^;)。

 ちなみに南三陸町とかでは、急いで避難した人が多かったそうだけど・・・夜だからと皆車で避難したため、国道は大渋滞になったそうだ(^^;)。でも本震の津波が夜中で無くて良かったとも言えるよなあ。

 更についでに、職場は明らかに本震の時より物が動いてガラスとか割れたりして酷い状態になっていた(^^;)。地震自体の被害は、絶対に本震より上だろこれ・・・。


 今日のお昼は・・・停電中だったけど、職場の近くの食堂が営業していたので、皆でそこの名物のカツ丼を取って食った。てんやものなんて・・・というか、外食系は震災後これが初だな。相変わらずここのカツ丼は肉厚で非常に美味く、こうして普通に美味しい物が食べられる日常に改めて感謝したのだった。


      
TWINBIRD 停電センサーLEDサーチライト/ナイトライト付 ホワイト LS-8555W
TWINBIRD ナイトライト付停電点灯サーチライト バイオレット LS-8573VI
TWINBIRD 停電センサーLEDサーチライト/赤外線センサー付 ホワイト LS-8556W
 こういった品々だ。これさえ備えておけば、暗闇の中物が散乱してしまった上を歩いて怪我をしてしまったり、階段を踏み外して転げ落ちてしまったり・・・という心配もかなり軽減される。なんといっても、買ってきたらコンセントに刺しっぱなしにしておくだけでOKという、めんどくさがりな私にぴったりな放置OK具合が最高だ(笑)。みんな今のところは枕元にライトを置いたりして備えていると思うけど、10年後とかもしっかりそうやれていれてると思う?。

震災22日目・とりあえず震災日記ネタは一区切り
 今朝、通勤時に津谷のガソリンスタンドで満タン給油に成功(^^)。そのスタンド、昨日の朝もやっていそうなそぶりだったから(売り切れとかの看板が出て無くて、ロープとかも張られていなかったのだ)、今朝試しに入ってみたら・・・普通に営業していたのだ。また、職場で仕入れた情報によると川崎の道の駅周辺のスタンド街も、普通に営業していて普通に満タンに出来るそうだ。

 よし、これならガソリンの心配はまず無くなったな(^^)。階上の宇佐見が壊滅してしまって、通勤経路上で安定して入れられるスタンドが無くなって困っていたところだったからだ。ガソリンの供給が安定しても田舎だから、帰るときまで開いているスタンドって以外と無くて困っていたんだけど、ここなら朝入れることが出来て大変便利だ(^^)。仮に安定供給状態じゃなかったとしても、一週間に一度位開いていれば全く充分だし。
 まあ町のスタンドだから値段は大手ほど安くはないけれど、今回のガソリン不足騒ぎで思い知ったのは・・・町のガソリンスタンドも大事にしておくべきという事だね。入れられるスタンドは多ければそれだけチャンスが増えるわけだし。

 そして、今日休憩室に置いてあった布団一式も車に積んで帰ってきた。ガソリンの心配がほぼ無くなったなら、もう無理に休憩室に泊まる必要も無いからだ。震災当時は3月いっぱいはガソリン入れられない事を覚悟していたのに(一泊どころか、一週間泊まることも想定していた^^;)、以外と早く入れられるようになって良かった良かった。

 それと同時に、これで一応私の震災関係の現在経過系ネタは一区切りにする。もちろん別カテゴリーで関連ネタや乗り切るために活躍した道具のネタはやるけど、震災から3週間が経過し(ほんと早いな…)、物流の不自由以外はほぼ日常に復帰出来ているからだ。とても大被災都市在住とは思えないけど(^^;)、やはり津波が家まで到達しなかったというのは大きい。

 もちろんまだまだ気仙沼自体は電気や水道も完全に直っておらず、家を流された方の避難所生活の方も継続しており、仮設住宅の建設も始まったばかり。まだまだ被災直後というレベルだけど、やはり区切りは必要だからね。

 まあ地元なのに災害ボランティアとかやらないのかという意見もあるかもしれないけど、仕事と買いだし等がある身では無理(^^;)。それに、ちゃんと仕事の方で被災者の方をサポートする仕事もやってるし(謎)。当然毎日忙しい(^^;)。

 とりあえず明日は・・・あえて見ていなかった『震災中に放映されたTVの映像を見て』ネタかな?(^^;)。見て愕然としたわ・・・・。


 今日のお昼は・・・『カレーパン』、『バランスアップ クリームブラン オレンジ』でカロリー数不明。
 カレーパンは毎週来ているパン屋さんが復活したのでそこで購入(^^)。パンも徐々に入ってきているけど、こういう調理パンはまだまだなので(それとも、すぐに売り切れてしまっているのかな?)、久々で美味い(^^)。